勉強はできるうちに

中学、高校の頃は大人の途中で、未来に希望が沢山ある。

自分がどんな人と結婚し、どんな子供に恵まれて生活しているのか。

幸せな未来が漠然と見えていたりする。

中学、高校と適当に勉強していたから、結局は適当な人生しか来なかった。

それは、後になってわかること。

勉強することなんて意味がないと言う人もいる。

極論を言うと、勉強は何かを学び身に着ける作業ではなく、世間一般に良いとされる大学に入る権利を勝ち取る手段だと思う。

100人しか入れない大学に1000人が希望すれば、それをどう選別するのか?

髪の長さでも、足の長さでもない。

学力なのだ。

学力はそれぞれがどうにかしようと思えばどうにかなるもので、持って生まれた足の長さや顔の良さとは関係ない。

頑張れば学力は伸びるのだ。

だから、平等だ。

中学、高校のときにこのことに気が付いていれば、今とは違った人生かもしれない。

でも、現状が悪いとは思っていないので、それはそれでヨシとしたい。

負け惜しみなのかもしれないが。

勉強はできるときにしておいたほうがいい。

でも、勉強する気になるというモチベーションとなる何かが必要だったんだ。

親がバカだと言って育てたせいで、バカだからしかたないと思っていた。

いや、中学の途中までクラスでは上位だったけど、勉強なんてどうでもよくなったんだ。

色気に走った。

髪をクルクルと巻いて、男子生徒にチヤホヤされることが楽しかった。

学年で目立っている男子から告られるとガッツポーズだった。

高嶺の花だと言われて調子にのっていた。

色気に走らず、あのまま勉強していたら、違っていただろう。

進学する高校も違っていて、そこから広がる友達も違う。

色気に目覚めるのは、もっと後でもいいからとりあえず高校は学力が高いところにいくべきだった。

そして、学びたいことを学べる大学に進学する。

今なら、天体や考古学なんかがいい。

その大学で4年間、楽しい生活を送りたい。

今の時代、安定なんてないというけれど、福利厚生がしっかりしている公務員になろう。

定年まで働き続け、退職金もたくさんもらう。

今のような、フリーの仕事は自由だけれど、まったく補償がない。

退職がないから、いつまでも働けるね、という人もいるが退職金があるわけではないから、働くしかないのだ。

フリーの仕事は自由で気楽でいいけれど、自由な仕事というのはその分、安定していない。

拘束されないぶん、安定がないのだ。

お正月やお盆など、人が多いときに出かけず、平日にでかけることができるのはメリットだ。

混雑していると、何をするにも時間がかかる。

時間は大切だから。